東野・矢弓地区は、旧大臣邸(大望月邸)を中心とした観光名所です。

私は、大崎上島町東野・矢弓地区の観光づくりをしています。

古民家・ヒナタ文学堂は、海運業・和田回漕店を改装しました。

回漕店(かいそうてん)とは、本船に乗るための切符売り場・伝馬船乗降所。

ヒナタ文学堂は矢弓地区に店舗がたくさんあった時代に

百有余年の歴史ある古民家で回漕店のあった場所。

学生や町民、観光客を対象にした休憩処・憩い処。

大崎上島に芸術・文化・文学で牽引する人・モノ・コトの情報発信と交流の拠点。

心を癒すところとして皆様に活用して頂くことを大切にします。

大崎上島町東野・矢弓地区とは

旧大臣邸(大望月邸)があります。現在は、海と島の歴史資料館です。

望月家・当主である望月東之助氏の貴重な直筆の書は、 私の先祖・
和田家にありました。

現在は、旧大臣邸・海と島の歴史資料館に
展示しています。

また、望月公園は代々・和田家の土地であり、現在も望月圭介大臣の銅像が建てられています。

銅像は、望月圭介大臣の門下である内閣総理大臣となった池田勇人氏が建てられました。

和田家も望月家との「ご縁(ゆかり)」がある家の一つです。

矢弓地区は望月家を中心に栄えた地区でもあり豪商・商売人も多くいました。

望月公園から見えます夕日スポットの二子島と瀬戸の眺め、

矢弓港・桟橋、矢弓・厳島神社もある大崎上島町でも観光名所です。

旧大臣邸・海と島の歴史資料館は、広島県の建物百選です。

私が住んでいます古民家「和田家」は東野・矢弓地区にあり、

江戸、明治初期に建てられて大正時代、昭和初期に改築した百年以上の歴史があります。


古民家の土地は約四百年です。


現在、私が住んでいます和田家は、橋本家の代になり私が後継者です。

旧大臣邸とのご縁があり、現在は古民家を「ヒナタ文学堂」として開堂しています。
私の祖父の話によると本家であります和田家は、

海運業・回漕店、回送店、廻船問屋、雑貨屋、

鍛冶屋、みかん農業を営んでいました。現在も山を所有しています。


土地は、6415坪を所有。

古民家の瓦(かわら)は、750年の歴史ある伝統の菊間瓦を使用しています。

和田家の先祖は、矢弓・厳島神社など矢弓地区の世話役・代表者などを務めて人望ある人柄でした。

郷土・広島県・民話の伝承によると東野・矢弓地区は厳島神社の発祥地でもあります。
先祖代々の和田家に、むかし、鎧、兜、槍、刀、

日本最古1300年前の和銅開珎などの流通貨幣もありました。

和田家の先祖は、有司、名士でした。
大崎上島にも親戚が多くいます。

祖母(藤田家)の血筋には、春日神社、
日吉神社、大原神社、大串・厳島神社、

胡子神社、恵美須神社、御串山八幡神社の神主(神職)を務めた先生もいます。
春日神社

平安時代の「近衛家所領目録」という文献からは公家・藤原氏の荘園であり、

公家・藤原氏「ご縁(ゆかり)」の春日神社も建てられて大崎上島で最も社格が高い神社です。
御串山八幡神社は、小早川一族との「ご縁(ゆかり)」があります。

小早川家は、鎌倉時代の源家一族から始まった武家であり、後に男爵(華族)です。

小早川隆景は、毛利元就の三男でもあり、

毛利家一族とも「ご縁(ゆかり)」があり、子孫は長州藩です。

御串山の名は、神功皇后が山に登り髪をくしでとかしたことに由来です。
我が家は総本社・大山祇神社の氏子です。

創建は、推古天皇。

総本社・大山祇神社は、愛媛県今治市大三島町にある神社です。

皇室第一の外戚として日本の建国に大功をあらわし、

全国津々浦々にその分社が祀られています。

昔・大崎上島は、総本社・大山祇神社の神領でした。
   
西本願寺    


和田家の宗派。

浄土真宗・本願寺派・日照山・長善寺。

十年戦争・石山合戦のときに織田信長と闘ったお寺です。
親戚には国家総合職、国家公務員はじめとする、

東京都・都庁、海上保安庁、学校長、教職員、

医師、歯科医、政治家、企業家など様々な職業の方々もいます。
愛媛県松山市が主催する小説家・夏目漱石の小説「坊ちゃん」最優秀賞を受賞した親戚もいます。

この賞は、小説に登場する「坊ちゃん」と「マドンナ」を決める賞です。
   
受賞者    
五穀豊穣を祈って神輿や巫女の舞を行い、獅子舞が奉納される明石の秋祭りです。

古き神功皇后が三韓征伐に行かれる時に寄港し、

この山に登られ眺望をめでながら髪をくしでとかしたことから御串山と呼ばれています。

御串山八幡神社は700年余り前に京都の男山八幡神社から勧請され、

その後550年ほど前に小早川一族・土倉氏によって再建されました。

参考引用

「大崎上島観光ナビ・ホームページ」

「大崎上島町ガイドブック島標」
大崎上島町・葛城跡との「ご縁(ゆかり)」もあります。

城主は、小早川冬平氏です。


 
天台宗 菊の紋章  
橋本家の宗派。天台宗の開祖は伝教大師最澄。

台嶺山玉泉院・宝聚寺は、天台宗(山門派)の由緒ある寺院です。

第44代・元正天皇・女帝の養老年間・717年~723年に高僧行基が開基。

高僧行基が勅願して奈良東大寺(全国国分寺・本山)の大仏建立の資金集めに諸国を巡礼。

その間、天台宗の寺院を建立した際に会談道場(談議所)を多く創った。

本尊の不動明王は高僧行基の作と、

土像の弁才天は弘法大師空海の作と伝えられています。

また、地下八尺の所から掘り出された黄金仏も安置されています。

行事・護摩供養、観音供養。
天台宗とは貴族仏教です。皇室、貴族、藤原氏一族の宗派。

藤原氏とは藤原鎌足を祖として1200年の間に一大勢力があり、多くの公家を輩出。

皇室の菊紋は、天台宗の開祖・伝教大師最澄が桓武天皇に献上したという伝説もあります。

天台宗は、日本仏教の母と言われています。

総本山・比叡山・延暦寺で多くの人材(人財)が学びました。

法然・栄西・親鸞・道元・日蓮といった各宗派の開祖も比叡山で学びました。

天台宗は、多くの人材(人財)を輩出している母山です。
天台宗・山門派

総本山・比叡山・延暦寺

平安時代には、皇室・貴族の尊崇を得て大きな力を持ちました。

比叡山は円仁派が占め、円珍派は山を去り三井寺へ入った。

これ以来、山へ残った円仁派を山門派、三井寺へ入った円珍派を寺門派と呼びます。


我が家は大崎上島町でも最古の仏教宗派の家です。


桐の紋・五七桐 日本国政府の紋章 首相官邸の紋章
桐の紋とは

菊紋と共に皇室が用いた家紋です。

室町幕府では小判などの貨幣に刻印され、

これ以来、皇室や室町幕府や豊臣政権など様々な政府が用いており、

現在では日本国政府の紋章として用いられています。


日本を代表する五大紋の一つです。
望月家・当主・望月東之助氏とは

望月家は、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した豪商。

望月東之助氏には、四男四女がおり、その多くが政治への道へ行きました。

明治31年に初当選して以来、三男の圭介氏は衆議院議員13回連続当選。

圭介氏は「逓信大臣」「内務大臣」となりました。

現在の「海と島の歴史資料館」旧大臣邸(大望月邸)が生家です。
望月圭介大臣・門下

大崎上島町と隣接する竹原市吉名・出身である池田勇人氏は内閣総理大臣となりました。

池田勇人氏の生家・池田家は望月圭介氏の支援者であります。

また、内閣総理大臣となった宮澤喜一氏の父・宮澤裕氏は望月圭介氏の秘書官を務めていました。

望月圭介氏の門下から二人の内閣総理大臣が誕生しました。

望月家の人々と家業    
我が家にある望月圭介大臣の写真
歴史資料・和田保平氏


HOME